110億円超の返還請求―絆HD事件が問い直した就労移行支援体制加算
令和8年3月27日、大阪市は、絆ホールディングスの関係法人が運営する就労継続支援A型事業所4か所について、訓練等給付費の不正請求があったとして指定取消処分を公表しました。返還請求額は、40%の加算額を含めて総額約110億7,650万円とされています。本記事では、この行政処分を便宜上「絆ホールディングス(絆HD)事件」と呼びます。
大阪市が問題としたのは、A型事業所へ戻ることを前提としたグループ内での雇用を、一般就労への定着実績として評価できるのかという点です。あわせて、過去3年間に一度加算の対象となった利用者を、行政庁が認める例外に当たらないまま再び就労定着者として届け出たことも、不正請求に当たると判断されました。
この事件が投げかけたのは、「通常の事業所で6か月雇用されていれば、それだけで加算を算定できるのか」という問題です。本記事では、事業所が算定前に確認すべき要件を7つの手順に整理し、その後に絆HD事件から読み取れる実務上の注意点を検討します。
最初に確認したい結論
- 就労移行支援体制加算は、対象サービスから通常の事業所へ就労した実績を評価する加算です。
- 原則として、同じ就職先での雇用が6か月継続していることが必要です。
- 同一利用者について過去3年間に算定実績がある場合は、他事業所での算定を含め、原則として再算定できません。
- 令和8年度から、算定に用いる就労定着者数は前年度9月30日時点の利用定員数が上限です。
- 関連会社への就職が一律に禁止されているわけではありませんが、雇用の実体と制度趣旨に沿った支援を説明できることが重要です。
1.まず押さえるべき制度の位置付け
就労移行支援体制加算は、名称に「就労移行支援」と入っていますが、就労移行支援事業所が算定する加算ではありません。生活介護、自立訓練(機能訓練・生活訓練)、就労継続支援A型、就労継続支援B型などから通常の事業所へ就労し、一定期間雇用が継続した実績を評価する加算です。
この加算は、単に就職者を出した事業所を評価するものではありません。令和6年度報酬改定Q&A VOL.7では、本人の希望、能力、適性等に応じて一般就労へ移行し、就労後の定着につなげる支援が重要であることが示されています。もっとも、就職前後の支援記録が独立した算定要件として告示に列挙されているわけではありません。報酬告示上の要件と制度趣旨を区別した上で、請求の実体を説明できる資料を整えておく必要があります。
2.就労移行支援体制加算の算定可否は7段階で確認する
就労移行支援体制加算の算定可否の判断は、次の順番で確認すると整理しやすくなります。
| 確認項目 | 実務上の確認内容 |
|---|---|
| ①対象サービスの利用後であるか | 生活介護、自立訓練、就労継続支援A型・B型など、 加算が設けられているサービスの利用後であることを 確認します。 |
| ②通常の事業への就労であるか | A型事業所の利用者としての移行や、施設外支援の対象 となるトライアル雇用は除外されます。 |
| ③雇用が6か月継続しているか | 原則として、同じ企業等で雇用が6か月継続していること を確認します。 |
| ④ 前年度実績に該当するか | 加算年度の前年度中に6か月へ到達した者を、翌年度の 就労定着者として整理します |
| ⑤ 過去3年間の重複算定がないか | 同じ利用者について、同一事業所又は他事業所での 過去3年間の算定実績を確認します。 |
| ⑥ 定員上限を超えていないか | 算定に用いる就労定着者数は、前年度9月30日時点の 利用定員数が上限です。 |
| ⑦ 体制届を提出しているか | 所定の体制届を提出し、届出人数と国保連請求が一致 していることを確認します。 |
3.「6か月」の数え方で迷いやすいケース
原則は同じ就職先での雇用継続
留意事項通知では、企業等に就労した後、「当該企業等での雇用が継続している期間が6月に達した者」を就労定着者として取り扱います。そのため、A社で3か月、B社で3か月働いた期間を単純に合算して6か月とするわけではありません。
一般就労後に転職支援を行った場合の取扱い
就労継続支援事業所等を経て企業等に就労した後、職場定着支援の努力義務期間中(6か月間)に、労働条件の改善を目的とした転職支援等を行い、離職後1か月以内に再就職した場合には、最初の就職から起算して雇用継続期間が6か月に達した者を就労定着者として取り扱う特例があります。
この取扱いは、離職後の就労期間を何でも合算できるという意味ではなく、就労継続支援事業所等による転職支援の経過、転職理由、離職日、再就職日を記録し、要件を満たすか否かを個別に判断する必要があります。
休職や一時的なサービス利用がある場合
休職期間が含まれる場合や、通常の事業所に雇用されている人が復職等に際して一時的に対象サービスを利用した場合は、一般的なケースと同じように判断できないことがあります。雇用契約の有無だけでなく、勤務実態と告示上の取扱いを確認し、請求前に指定権者へ相談することが安全です。
4.過去3年間の重複算定ルール(3年ルール)
同じ利用者について、過去3年間に就労移行支援体制加算が算定されている場合は、原則として再度の算定対象にできません。令和6年度改定では同一事業所での再算定制限が示され、令和8年度改定では、他の事業所で過去3年間に算定されている場合も原則として算定できないことが告示上明確化されました。
令和8年度報酬改定Q&A VOL.1では、体制届を受理した年度の前年度末日から起算して3年間を確認する取扱いが示されています。令和8年4月に体制届を受理した場合は、令和5年度から令和7年度までの算定実績が確認対象となります。
他事業所での算定実績は、事業所だけで完全に把握することが難しい情報です。Q&Aでは、指定権者が体制届の「審査時」に、支給決定市町村が「給付審査時」に確認する仕組みが示されています。事業所においても、把握できる範囲で利用者本人へ確認し、不明な場合は指定権者又は支給決定市町村へ相談しておくことが望まれます。
3年ルールの例外は事業所だけで判断しない
ハラスメントなどのやむを得ない事情で退職した者など、市町村長が適当と認める者については3年ルールの例外が設けられています。ただし、会社都合退職や体調悪化があれば当然に例外となるわけではありません。退職理由、支援経過、再就職の事情を整理し、算定前に自治体の判断を確認する必要があります。
5.令和8年度からの定員上限
令和8年度から、加算算定に用いる就労定着者数には上限が設けられました。上限は、算定年度の前年度9月30日時点における利用定員数です。
例:前年度9月30日時点の定員が20人、前年度に6か月へ到達した者が25人の場合
加算計算に用いる就労定着者数は最大20人です。
年度途中で定員を増やしていたとしても、基準となるのは前年度9月30日時点の定員です。変更届、指定申請書類、体制届の控えを照合し、届出人数と請求人数が一致しているかを確認します。
6.関連会社への就職は、何を確認すべきか
現行の報酬告示には、就職先が親会社、子会社、関連会社又は同一グループの会社であることだけを理由として、一律に就労定着者から除外する明文規定はありません。したがって、「関連会社への就職はすべて算定不可」と整理するのは正確ではありません。
もっとも、関連会社への就職では、一般就労の実体があるかを通常以上に丁寧に確認する必要があります。
- 利用者本人の希望や適性を踏まえて就職先が選ばれているか
- 雇用条件、業務内容、勤務場所及び賃金に実体があるか
- 就労先が独立して指揮命令及び労務管理を行っているか
- A型利用時と実際の業務や指揮命令関係が変わっているか
- 一定期間後にA型事業所へ戻すことが最初から予定されていないか
- 就職後の定着支援が実際に行われているか
7.絆ホールディングス事件から学ぶ就労移行支援体制加算の注意点
大阪市は令和8年3月27日、絆ホールディングスの関係法人が運営する就労継続支援A型事業所4か所について、訓練等給付費の不正請求があったとして指定取消処分を公表しました。対象事業所は、リアン内本町、レーヴ、リベラーラ及びMirrime(ミライム)です。
公表内容によれば、各事業所では「36ヶ月プロジェクト」と呼ばれる仕組みの中で、A型利用後にグループ内で雇用し、その後一般企業への就職を目指す取組が行われていました。就労が難しくなった場合にはA型事業所へ戻り、再び就職に挑戦する仕組みであったとされています。
大阪市は、A型事業所へ戻ることを前提とした自社雇用について、一般就労への定着に向けた継続的な支援体制とは評価できないと判断しました。また、過去3年間に既に算定対象とした利用者を、行政庁が認める例外に該当しないまま再度算定した点も問題としました。
事件から読み取れる3つの実務上の教訓
形式だけでは足りない
雇用契約、賃金支払、6か月在籍という外形があっても、一般就労への移行と定着を目的とした雇用であるかが問題となりました。
関連会社であることより、仕組みの実体が問われた
グループ会社への就職そのものではなく、A型への復帰を前提とした一連の仕組みであったかが重要となりました。このような一連の仕組みは就労移行支援体制加算の制度趣旨に沿った運営とはいえません。
同一利用者の再算定は特に慎重に確認する
事業所間・企業間で計画的に離転職を繰り返すケースは、Q&Aでも複数回算定できないことが示されました。
8.運営指導に備える資料のまとめ方
就労移行支援体制加算は、事業所全体のファイルだけで管理するより、就労定着者ごとに算定根拠をまとるのもわかりやすい情報整理のひとつです。運営指導では、サービス利用から当年度請求までの流れを時系列で確認できるようにしておけば安全でしょう。
整理したい資料まとめ
| 分類 | 資料の例 |
|---|---|
| サービス利用関係 | 利用開始・終了日、個別支援計画、支援記録 |
| 就職関係 | 採用通知書、雇用契約書、就職日が確認できる資料 |
| 6か月確認関係 | 在籍証明書、給与関係資料、雇用保険関係資料など |
| 定着支援関係 | 本人面談、電話、訪問、就労先との連絡調整の記録 |
| 重複算定関係 | 本人への確認記録、自治体への照会・相談記録 |
| 届出・請求関係 | 体制届の控え、算定人数の計算表、国保連請求との照合資料 |
運営指導では書類同士の整合性がとれているか確認されます。
- サービス終了日と就職日の前後関係に矛盾がないか
- 就職日と6か月到達日の計算が合っているか
- 6か月到達年度と加算年度の関係が正しいか
- 就労定着者数と体制届、国保連請求の人数が一致しているか
- 前年度9月30日時点の定員上限を超えていないか
- 関連会社への就職について、本人の希望と雇用の実体を説明できるか
9.令和8年度改定で変わった点
他事業所での算定実績
他の事業所で過去3年間に算定実績がある利用者についても、原則として算定できないことが告示上明確化されました。
人数上限
加算算定に用いる就労定着者数は、前年度9月30日時点の利用定員数までとされました。
審査の強化
指定権者による体制届の確認に加え、支給決定市町村による給付審査時の確認が示されています。
「一般就労後の6か月経過」だけでなく、努力義務期間における定着支援の実体も確認される?
就労移行支援体制加算を適正に算定するためには、「6か月雇用された」という一点だけを確認するのでは足りません。対象サービスの利用、通常の事業所への就職、6か月到達、前年度実績、過去3年間の重複、定員上限、体制届という順序で確認する必要があります。
特に、関連会社への就職、A型事業所への復帰、同一利用者の再算定がある場合は、形式的な書類だけで判断せず、一般就労への移行と定着を支援した実体を説明できるようにしてください。
運営指導対策としては、就労定着者ごとに算定根拠をまとめ、各書類の日付と内容に整合性がとれてることが大切です。判断に迷うケースは、請求後ではなく請求前に指定権者又は支給決定市町村へ相談するようにしましょう。
就労移行支援体制加算の算定・運営指導でお困りの事業者様へ
向井総合法務事務所では、障害福祉サービス事業者向けに、加算の算定要件確認、運営指導前の書類点検などの運営コンサルティングサービスを行っております。
主な根拠資料
- 平成18年厚生労働省告示第523号「指定障害福祉サービス等に要する費用の額の算定に関する基準」
- 平成18年10月31日障発第1031001号「指定障害福祉サービス等に要する費用の額の算定に関する基準等の制定に伴う実施上の留意事項について」
- 令和6年度障害福祉サービス等報酬改定等に関するQ&A VOL.7 • 令和8年度障害福祉サービス等報酬改定等に関するQ&A VOL.1
- 令和8年こども家庭庁・厚生労働省告示第5号 • 大阪市「指定障がい福祉サービス事業者の指定取消しについて」(令和8年3月27日公表)
※本稿は令和8年7月時点の制度及び公表資料を前提とした一般的な解説です。実際の算定に当たっては、最新の告示、通知、Q&A及び指定権者の取扱いをご確認ください。








