就労移行支援を開業するためには、まずは就労移行支援として使用する物件の目途がたたなければ開業手続きを前に進めることができません。就労移行支援を開業する物件の所在場所によって管轄する指定権者も異なります。
ただし、就労移行支援事業として使用できる物件はどんな物件でもいいというわけではなく、就労移行支援事業としての設備要件を備えたものでなければなりません。また、就労移行支援は障がいをお持ちの方が通所する場所ですから、消防法等で普通に物件を使用する場合よりも厳しい規制がかけられています。
就労移行支援事業を開業するためには、これらの要件や規制に適合した物件でなければ就労移行支援の指定をとることはできません。障害者総合支援法だけでなく、就労移行支援を開業・運営するうえでの関連法令等にも適合することが求められているのです。
就労移行支援に適した立地
就労移行支援はビジネス街や駅近くのテナントビルが多いように思います。就労移行支援の支援内容が一般就労を目指したものですので、就労移行支援の立地も一般就労先をイメージしたビジネス街や駅近くのテナントビルが多くなるのかもしれません。ただ、必ずしもビジネス街でなければいけないというものではありません。
市街化調整区域での就労移行支援
原則として「市街化調整区域」では、就労移行支援事業はできません。市街化調整区域というのは、あまり市街地開発をせず、無秩序な市街地拡大を防ぐこととされた地域です。そのため、市街化調整区域では、建物の建て方や建てられる規模など多くの制限がかけられているのです。
就労移行支援はテナントビルに入居するという場合が多いでしょうから、この点はあまり問題になることはありませんが、自治体の担当部署で市街化区域か市街化調整区域かを確認するようにしましょう。
就労移行支援の物件はテナントか戸建てか
就労移行支援の場合は、圧倒的にビルテナントが多いようです。もちろん戸建てではダメだというわけではありませんが、就労移行支援は一般就労を目指す支援サービスですからテナントで開業するケースが多いようです。
就労移行支援の周辺の環境
就労移行支援は、一般就労を目指した支援サービスです。一般就労では通勤をしなければいけませんし、職場の周辺環境にも慣れなければ安定的に職場に通勤することができません。そのためにも就労移行支援の周辺環境はやはり人の多いビジネス街や駅周辺の繁華街というケースが多いようです。
就労移行支援における建築基準法
近年、建築基準法が改正され(令和元年6月27日施行)、就労移行支援として使用する面積が200㎡を超える場合は、建築基準法上の「用途変更」という確認申請の手続きが必要になります。この改正前は、就労移行支援として使用する面積が100㎡を超える場合に用途変更の手続きが必要でしたが、改正により面積要件が緩和されて就労移行支援として使用する面積が200㎡を超える場合に用途変更の確認申請手続きが必要となりました。
そのため、就労移行支援として使用する物件を選ぶ際には、200㎡以下の物件を選ぶべきです。200㎡を超える場合は用途変更の確認申請手続きが必要になりますが、この用途変更の確認申請手続きには、「確認済証」と「検査済証」が必要となります。
しかし、現実的に紛失などによって残ってない場合も多いですし、用途変更のような確認申請手続きはかなり大掛かりな手続きですので建築士へ依頼する費用も高額になるのが一般的です。そのため、用途変更の確認申請手続きが不要な200㎡以下の物件を選ぶべきなのです。
用途変更の確認申請手続き(用途変更手続き)が必要な場合は、建築士等への依頼になります。そのため、仮に就労移行支援として使用する部分の面積が200㎡を超えてしまうような場合は、自治体の建築指導課や建築士等に問い合わせるようにしましょう。
他方、就労移行支援として使用する物件の床面積が200㎡以下の場合は、用途変更の確認申請手続きは不要です。
ただし、就労移行支援として使用する部分の面積が200㎡以下であって用途変更の確認申請手続きが不要であったとしても建築基準法に適合した物件である必要はあります。
そのため、建築基準法に適合した物件であることを確認するために「確認済証」と「検査済証」の写しを求められる自治体がほとんどです。自治体によっては「確認済証」だけで良かったり、代替資料として「建築計画概要書」や「建築基準法に基づく確認済証等の証明書」などで代替できる場合がありますので、「確認済証」や「検査済証」が残っていないからといって諦めずに必ず自治体に確認するようにしましょう。
仮に、「確認済証」や「検査済証」がない場合や代替資料によっても建築確認申請を経たことを証明できない場合には、自治体によりますが、建築士等による「適合証明書」を提出しなければなりません。建築士等に「この物件は就労継続支援B型として問題なく使用できる」という内容を証明してもらうのです。この場合も建築士等への報酬を支払うのが一般的のようです。
以上より、就労移行支援として使用する物件を選ぶ際には、用途変更の確認申請手続きが必要でない物件、つまり就労移行支援として使用する部分の床面積(使用面積)が200㎡以下のものを選ぶようにしましょう。
検査済証がなくても「建築基準法適合状況調査報告制度」により、用途変更・増改築等の確認申請手続きができる場合があるようです。
この建築基準法適合状況調査報告制度は、特定行政庁が、一級建築士等に検査済証がない既存建物の調査を行わせ、建築基準法等の関係法令に適合しているかどうかなど、建物の状況を報告させる制度で、この報告書を添付することにより、用途変更・増改築等の確認申請ができる場合があるようです。
ただ、やはり例外的な取り扱いになるため、物件状況の報告といっても大掛かりな調査に基づく報告書の添付を求められるようです。この報告制度の詳細については、自治体の建築指導課や建築士等にお問い合わせください。
就労移行支援における消防法
就労移行支援の指定申請時には、消防法に適合した設備が備え付けられていることを証明する「防火対象物使用開始届」が必要になります。自治体によっては就労移行支援の指定申請時に「防火対象物使用開始届」の提出までは求められない自治体もありますが、何かあった際に責任を問われるのは事業所ですので、消防法に適合した設備を備え付けるようにしましょう。
ただ、消防法は非常に複雑で、消防設備の設置工事もただ単に設備の備え付け工事をすればいいというものではなく、工事の設置前には「着工前届」を提出し、工事完了後は設備が正常に作動する検査を実施した「設置届」が必要になります。この手続きを踏んだ後に消防署による現地調査が行われ、そこで消防設備が正しく設置されることが確認されて、ようやく「防火対象物使用開始届」に消防署による合格印(合格印とは言いませんが・・・)が押されるのです。
【防火対象物使用開始届を取得するまでの流れ】
① | 事前の相談 |
② | 工事前の着工届 |
③ | 工事後の設置届 |
④ | 防火対象物使用開始届 |
⑤ | 消防署による現地確認 |
⑥ | 防火対象物使用開始届に押印 |
この「防火対象物使用開始届」に消防署によって押印されたものは、就労移行支援の指定申請書類の添付書類として提出することになります。就労移行支援の開業のために調査や協議をすすめて、もう少しで指定が取れるという段階になって、最終的に「防火対象物使用開始届」だけが揃えられずに指定が取れない・・・ということもよくあります。
そのため、当事務所が就労移行支援の開業支援を行う場合は、消防署予防課との事前相談の段階で丁寧に協議して設置する消防設備を確認するようにしています。
就労移行支援の開業の際の消防法のポイント
- 就労移行支援・・・消防法施行令別表第一の6項ハ(5)に該当
6項 | ハ | ⑴ 老人デイサービスセンター、軽費老人ホーム(ロ⑴に掲げるものを除く。)、 老人福祉センター、老人介護支援センター、有料老人ホーム(ロ⑴に掲げるものを 除く。)、老人福祉法第5条の2第3項に規定する老人デイサービス事業を行う施設、 同条第5項に規定する小規模多機能型居宅介護事業を行う施設(ロ⑴に掲げるものを 除く。)その他これらに類するものとして消防法施行規則第5条第8項で定めるもの ⑵ 更生施設 ⑶ 助産施設、保育所、幼保連携型認定こども園、児童養護施設、児童自立支援施設、 児童家庭支援センター、児童福祉法(昭和22年法律第164号)第6条の3第7項に規定する 一時預かり事業又は同条第9項に規定する家庭的保育事業を行う施設その他これらに 類するものとして消防法施行規則第5条第9項で定めるもの ⑷ 児童発達支援センター、情緒障害児短期治療施設又は児童福祉法第6条の2第2項に 規定する児童発達支援若しくは同条第4項に規定する放課後等デイサービスを行う施設 (児童発達支援センターを除く。) ⑸ 身体障害者福祉センター、障害者支援施設(ロ⑸に掲げるものを除く。)、地域活動 支援センター、福祉ホーム又は障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための 法律第5条第7項に規定する生活介護、同条第8項に規定する短期入所、同条第12項に規定 する自立訓練、同条第13項に規定する就労移行支援、同条第14項に規定する就労継続支援 若しくは同条第15項に規定する共同生活援助を行う施設(短期入所等施設を除く。) |
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・ビルに他の福祉事業所(特定防火対象物)がテナントとして入っている場合、複合用途防火対象物(16項)になり、設備要件がさらに厳しくなります。
・複合用途防火対象物とは、令別表第一の(1)項から(15)項までの防火対象物の用途のいずれかのうちの、2つ以上の異なる用途がある防火対象物をいいます。消防法令別表第一の(16)項イ、(16)項ロに分類されています。
(16)項 | イ | 特定用途 の複合 |
複合用途防火対象物のうち、その一部が(1)項から(4)項まで、 (5)項イ、(6)項又は(9)項イに掲げる防火対象物の用途に供されているもの |
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ロ | 非特定用途 の複合 |
イに掲げる複合用途防火対象物以外の複合用途防火対象物 |
- 一定規模の防火対象物の管理権原者は、有資格者の中から「防火管理者」を選任して、防火管理業務を行わせなければなりません。
- 就労移行支援の場合、テナントビルに入居するケースが多いですが、ある程度の大きなビルになるとそのビルと提携している消防設備業者が消防設備の点検を行っている場合があります。その場合は、その消防設備業者さんがビルに整備されている設備の配置も把握していますので、テナントビルの大家さんや管理会社さんと話をしてその消防設備業者さんに工事を依頼するのが一番スムーズに話が進むと思います。
当事務所では、就労移行支援の開業の際に消防設備工事が必要な場合は、消防設備士と一緒に消防署と協議を行います。ここで消防署と丁寧に協議をしておかないと現地調査の際に否認され、工事をやり直さなければいけなくなったり、防火対象物使用開始届に消防署の押印を押してもらえない・・・ということになってしまいます。
そのため、就労移行支援の開業支援を依頼する場合は、開業支援の実績のある行政書士に依頼するようにしましょう。
就労移行支援の際の近隣住民への説明
就労移行支援の開業の際には近隣住民への説明が必要です。
就労移行支援の開業時に近隣住民への説明会開催することは法律的に求められているわかではありませんが、これから長くそのテナントで就労移行支援を行っていくわけですから、せめて同じビルに入るテナントさんに開業の挨拶くらいはするようにして良い関係を築いていくようにしましょう。
就労移行支援のための駐車場
就労移行支援では利用者さんが事業所へ通所すること自体が就労へ向けた自立訓練となりますので、車両による送迎を行っているケースは少ないようです。とは言え、就労移行支援にも送迎加算はありますので、車両を利用する場合には駐車場の確保も考えるようにしましょう。
就労移行支援の設備基準
就労移行支援を開業するには、就労移行支援として入居する物件が就労移行支援の設備基準をクリアしている必要があります。
就労移行支援として使用する物件をスケルトン状態で借りる場合には、内装工事や消防設備工事に着工する前に、必ず自治体の担当部署や消防署と事前協議(事前相談)を済ませるようにします。就労移行支援の事前協議(事前相談)で間取りを含めた内装を確定させてからでなければ、工事のやり直しになってしまう場合もありますので注意しましょう。
設 備 | 要 件 |
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訓練作業室 | サービス提供に支障のない広さを備えること。 大阪市の場合は、利用者1人当たり約3.0㎡必要。 |
就労移行支援事業は、最低定員20名。 訓練指導室の最低面積は60㎡(20名×3㎡)が必要。 |
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相談室 | プライバシーに配慮していること。 |
多目的室 | 相談室と兼務可能。 |
事務室 | 鍵付き書庫を設置すること。 |
洗面所・トイレ | 洗面所(手指洗浄)はトイレ内手洗いとは別々であること。 |
就労移行支援のために物件を借りる際の賃貸借契約の注意点
就労移行支援のテナントの賃貸借契約を締結する際には、賃貸の目的を記載する箇所に「障がい福祉事業」や「就労移行支援事業」として使用する旨を記載します。また、定期賃貸借ではなく自動更新する旨の賃貸借契約とします。この点でも正式に賃貸借契約を締結する前に、賃貸借契約の(案)でいいので、事前に自治体に確認をとっておくようにしましょう。
さらに、就労移行支援として使用するテナントには、何かしらの消防設備工事を施工しなければいけないケースがほとんどですので、賃貸借契約を締結する前に消防設備工事を施工することの大家さんの承諾を得ておくようにしましょう。消防設備によってはテナント部分だけでなく建物全体の工事になってしまう場合もあるため、その場合は大家さんと借主のどちらが費用負担するかを事前に話をしておく必要があります。
就労移行支援における条例の規制(福祉のまちづくり条例、バリアフリー条例など)
都市計画法や建築基準法、消防法以外にも自治体によっては条例で規制が厳しくなっている場合があります。例えば、京都府の「福祉のまちづくり条例」、京都市の「バリアフリー条例」などです。就労移行支援を開業する際には、これらの条例にも適合している必要があります。
以上のように、就労移行支援の物件探しは幾つもの気をつけなければいけないポイントがありますが、おおきなポイントとしては以下のようになります。
- 就労移行支援を開業するという「目的」を伝える
- 就労移行支援として使用する部分の面積が「200㎡以下」のものを探す
- 就労移行支援として使用する物件に「確認済証」と「検査済証」があるかどうかを確認してもらう。無い場合には代替資料で可能かどうか自治体に確認する。
- 就労移行支援として使用する物件の賃貸借契約を締結するのは自治体との「事前協議(事前相談)」が終わってからにする。
- 内装工事の費用が高額となるため、できればスケルトンではなく居抜き物件を探す。また、自動火災報知機などの大掛かりな消防設備工事が必要な物件は避ける。
※上記のポイントを満たしていても必ず指定がとれるというわけではありません。事案によりケースバイケースですので、必ず事前に自治体の担当部署に確認をとるようにしましょう。
就労移行支援の開業で物件探しは非常に重要です。開業予定の物件の目途がついていなければ話が進みません。就労移行支援はテナントビルに入居するケースが多いですので、ビジネス街の不動産業者さんに希望物件を伝えておくようにしておけば、良い物件が見つかれば連絡をいただけるでしょう。
また、すでに開業している就労移行支援の事業所は新しい事業所開設を見据えて日頃から就労移行支援として使用できる物件を探しています。就労移行支援として使用できる良い物件に出会えるように、就労移行支援の物件探しは常にアンテナを張っておくようにしましょう。
当事務所では、正式に就労移行支援の指定申請のご依頼をいただける場合に限りますが、就労移行支援の候補物件が消防法に適合したものかどうか、就労移行支援の設備要件を満たしているかどうか等の物件調査も行っております。就労移行支援として使用する物件を確定してしまう前に当事務所へお問い合わせください。